子供らの小学校生活もいよいよ終わりを迎えようとする頃になってようやく馴染んできたのか(特に長女)、このところお呼ばれする機会が増えてきつつあるわけです。
お呼ばれには大まかに分けて2パターンあり、一つは誕生パーティ。で、もう一つがようわからんホームパーティーというやつ。
バースデーパーティはある意味その趣旨が非常に分りやすく、初心者にとってもハードルはそない高くはないのですが、問題はようわからんホームパーティーであるわけです。もともと、嫁は基本的に学校の欧米人とは一切混じりよらんため、子供のソーシャル面に関しての窓口は私がなることが多いのですが、まぁこの場合10中10で、事前に親から情報が入ってくることはまずなく、子供を経由して、招待状などがこちらにとどくわけです。
で、その招待状を目の前にして「なんで呼ばれたん?」「知らん」という不毛なやり取りを長女とするわけです。とりあえず、招待状にはR.S.V.Pという文言と(基本的には)母親の携帯番号が記されているため、その携帯にテキストメッセージで行くかどうかの返信をしないといけないわけですが、まぁ、呼んでくれているのを無下に断る理由もなく、丁重にお礼のメッセージと共に是非参加させて下さいという返事と、何か持たせるものはありませんか?と質問するわけですが、まぁこれも十中八九で返ってくる返信メールには、一発目にラブリー!の文言から始まって、呼んでるのはこちらやから身一つで来てや、と。飲み物や食べ物はこっちで用意するから何の心配もいらんで、と。当日会えるん楽しみにしてるで、と。まぁこんな感じでメールは締めくくられてるわけです。
パーティの趣旨も(誕生パーティーではないという趣旨以外)ようわからず、それなりの人数(20~30人ほど)来るということでそない気を遣わんでもええんかなと思う反面、親とも面識がなく、しかも初めて招待されて行く時などは、やはり一抹の不安はあるわけで、そんな時に以前のブログでも書いたクラスの中心的女の子のオカンが無茶苦茶頼りになったりするわけです。ここの家庭のみ何度となく家に呼んでくれては夕食をご馳走してくれたり、学校でやる劇の衣装を貸してくれたりとなんやかんやで世話をしてくれるため、ある程度ストレートにものを言ってくれるような関係にはなったので、そのママに例のパーティーのことやねんけど・・・と、聞いてみるわけです。
すると、ああ、あのパーティはテーマがこれこれやから、衣装はこんなのを着せて、あとメイクもこんな感じでしたらええわ、と。衣装はセンターでマックス£10ぐらいのやつ買うたら十分、みたいな、まぁこれ以上ない適切なアドバイスを毎回くれるわけです。で、そのママに、何も持って込んでええと言うてるけど、どうなんやろ?と聞くと、ああ、それはやっぱり何か用意して持っていくのが筋やな、と。(-_-;) マックス£10ぐらいのものでこんな感じのものを用意していったら問題ないわ、と。これまた適切極まりないアドバイスをくれるわけです。
で、ふと思ったのが、こういうやり取りって結構日本的やな、と・・・。当日行ってみると、どの家庭の子も果たして何がしかの手土産を持参しとるわけです(身一つで来いと言うてたのに!?)。これ、ホンマに言われた通り、手ぶらで行っとったら後で何言われるかわからんパターンか、もう2度とお声はかからんパターンかのどっちかなんやろか・・・と、思うわけです。
よくイギリス人とアメリカ人の比較で、アメリカ人が初対面の人間に対して会ったその日からあたかも10年来の親友みたいな態度で接してくれるが、そこから先に進むことは決してないと言われるのに対して、イギリス人は初対面の人間に対してそこまでオープンではない分、一度心を許すと深い友情にまで発展させることができる、みたいな一種ステレオタイプ的な話を耳にするのですが、まぁ日本人はこのうちどっちかと言われたらイギリス人ぽいですよね。まぁ心を許してくれるまでにいくつかの試験をクリアせなあかんのかもしれませんが・・・(-_-;)。
TESOLの授業でPragmaticsという考え方を学ぶのですが、簡単に言うと、人が発する言葉というのは、必ずしも発した言葉通りの意味になるとは限らんという考え方でして、受け取る人により、あるいは受け取る人と発した人との関係性などにより言外の意味や全く違う意味をもつことがあるという考え方なのですが、例えば上司が「この部屋暑ないか?」と形式上疑問文で聞いたとしましょう。これに対して「そっすか?」とアンポンタンな答えをする部下が、一方で形式上疑問文で聞かれている問いに対して形式上は一切答えず、サッと席を立って窓を開ける or エアコンをつける部下よりも昇進する可能性は限りなくゼロに近いというのはある程度ご理解頂けるかと思うわけです。
で、このPragmaticsって結構日本人は得意なんじゃなかろうか?と(KYという言葉が生まれる民族ですので)。で、このPragmaticsを習った時に真っ先に思い浮かんだのが、京都人のホンネとタテマエです。例えば滅茶苦茶有名なネタとして・・・
「ぶぶづけでもどないですか?」
と聞かれた時のNG返答は「有難うございます~(^^)じゃぁご馳走になります!」であり、模範解答は「おおきに~。でもそろそろお暇せなあかんよってに・・・」というやつですね。
これには別バージョンもあり、
A:「お宅のぼん、ピアノうまならはったな~」
B:「ええ~そんなことないですよ~、まだまだ練習が必要って、
A:(内心で)「アウト~!」
模範解答は
B:「え!?音漏れてました!?
A:「いやいや、うちはええねんで~ほんまに・・・ただご近所さんの中には静かなんが好きなひともおるさかいな・・
というやつですね。これに関して、生粋の京都人の方に聞いてみたところ、よく聞くネタではあるものの、完全な作り話ではない、と。特に京都市内でも伝統的な地域だと今でもあるかもしれない、と。京都人は直接的ではなくそれとなく伝えようとする所があるのは自覚しているので、よそから来た人にそこまで求めることはないが、一方で、京都に長くいるのにそういうやり取りができないと陰で何を言われているかわからんところもあるので怖い、とのことやったわけです。
で、この話を聞いて、イギリス人も似たとこあるんとちゃうか?と思うわけです。つまり、お呼ばれにも作法があり、その作法がちゃんとできた場合のみ第2ラウンドに進む権利が与えられる、みたいな。まぁ異邦人を自分たちの共同体に迎え入れても良いかどうかを図るgate-keeping的な機能を会話の端々に入れては試してんねやろか?と。
そう言えば、件のママにしても、ある時お呼ばれした長女を迎えに行った際に、あんたんとこはいつも気遣って美味しいもの持ってきてくれるし、あんたの長女もほんまにエエ子でこの子やったら家はいつでもウェルカムやで。ほんま、中には猛獣みたいな子もおるさかいな・・・と何気なく言ってたのを聞いて、やっぱり色々と審査されとるんやなと思うと改めて「コワ!!」と思う次第なわけです。。。(-_-;)